2013年3月16日土曜日

ミート・ローフ『地獄のロック・ライダー』Meat Loaf, "Bat out of Hell"

Meat Loaf, Bat out of Hell, 1977
ミートローフ『地獄のロックライダー』1977年



 Big in Japanという言葉がある。元々はイギリスのパンクバンドの名前にそういうのがあったらしいが、日本においては1970年代に音楽雑誌『ミュージックライフ』が使いだしたのが端緒と言えるようだ。これは「日本だけで人気のバンド」を指す言葉であり、古い例ではベンチャーズなど。また、最初日本における人気で火が付き、その後世界的バンドとして成長したバンドにも、そのような表現が使われることもある(ボン・ジョヴィやクイーンなど。但し、クイーンは日本におけるヒット以前、すでにイギリスで中ヒットはしていたとも言われる)。
 これとは逆に、Small in Japanという言葉もある。AC/DCなどが代表例だが、このミートローフもまさにSmall in Japanアーティストと言えるだろう。なにしろ、ルックスの押し出しが強すぎる。絵に描いたような巨漢であり、そこに苦み走った表情と自己主張の強い長髪、外見的に言えば、若い女の子がキャーキャー言うようなタイプでは全然ない。


しかし、このアルバム、『地獄のロック・ライダー』、なんと世界でもっとも売れたアルバムの5位なのである。(英語版Wikipedia記事:List of best-selling albums
1位はマイケル・ジャクソンの『スリラー』、2位はAC/DCの『バック・イン・ブラック』、3位はピンク・フロイドの『狂気』、4位は映画『ボディーガード』のサントラ、そして5位が本アルバムであり、なんと全世界で4300万枚も売れたという。(このリストに、もうひとつのSmall in Japanバンド、AC/DCがランクインしているのも面白いが)

 そんなモンスター・アルバムである本作は、基本的にジム・スタインマンが作詞作曲をしており、つまりミートローフは基本的に歌っているだけなのである。但し、その歌声のクオリティが半端なく高いため、「自作自演じゃないとロックじゃない」と考えている人も、一度騙されたと思って聞いてみて欲しいものである。
 本作はロック・オペラとも言われるが、それはまさにミートローフの劇的な歌い方に負うところも大きいと思われる。激しい曲から甘いバラードまで、本アルバムに収められている曲は多彩であるが、基本的にメロディアスで「スウィート」な曲調が多い。1977年という、パンク前夜の時代も幸いしたのだろうか(もうパンクの萌芽はあるのだが)、ちょっと現在では躊躇してしまうほどのオプティミズムに溢れたアルバムであると、個人的には感じた。この、激しくも美しい曲を超絶技巧のシンガーが朗々と歌い上げ、最終的には起承転結が決まり、ちゃんと着地するという構造も、アメリカ人に好まれたのかもしれない。とにかく激しいディズニーランドのよう、音楽のテーマパークを構築することに成功しているアルバムなのである。

 ロック・オペラなどと言われているが、基本的には各曲独立しており、それぞれの曲同士のあいだに内的なつながりは存在しない(ように思われる)。そのため、我々は5~9分で展開されるドラマにただ耳を傾ければ良いのである。
 有名なのはタイトルチューンの「地獄からの蝙蝠(Bat out of Hell)」。暗闇のなかバイクを飛ばす若者が事故って、薄れゆく意識のなかで彼が見たのは、まるで蝙蝠のように彼の体内から飛び出してゆく、彼の心臓であった、というストーリーを朗々と歌い上げる。文字にしてしまうと大したことないのだが(というかこのアルバムに収められている曲の歌詞は、だいたい他愛もないことが謳われている)、これが美しいメロディーに彩られ、ミートローフのドラマチックな美声で歌われると、なんとも言えないのである。

 「ダッシュボード・ライトのそばの天国(Paradise by the dashboard Light)」は、男女の掛け合いで展開してゆくアップテンポの曲である。舞台は、おそらく深夜の公演かどこか、車のなかでイチャイチャしている恋人同士、男の方は「誰も見てないから、ほら、もっと近寄って」と言う。女の子は「でも深夜は冷えるし心細いわ」男「ダッシュボード・ライトのそばに天国が見えるよ」女「でも私たち、17歳になったばかりだし…」男「いいじゃないか、もっと近寄って」とイチャイチャしているのが前半。ラジオの野球中継が流れ始め、その後ろに喘ぎ声が出始めたところで、急に曲が展開する。女の子は「ちょっとまって!これ以上続けるなら、一生愛してくれるのじゃなきゃダメ!」と言い、男の子は「とりあえず返事は明日の朝するからさ」と、のらりくらり。押し問答が続いて、結局男の子が「もう我慢出来ない!ああ!一生愛し続けるとも!」と叫び、お互い一生愛し続けようね!と大合唱。曲の盛り上がりも最高潮!このままエンディングかと思いきや、男が「というのは遠く過ぎ去った昔の話、いまより昔の方がずっと良かったなぁ」と嘆く。
 曲の前半では男の方が、「こんなに感じたことはない、こんなに良い気持ちは初めてだ。俺たちはまるでナイフの切っ先のように輝いている(It never felt so good, it never felt so right
And we're glowing like the metal on the edge of a knife)」と言って女の子を誘惑するが、このまったく同じセリフを、最後に女(昔日の女の子)の方が言うのである。
 なんとも皮肉の利いた曲だが、思想性は一切ナシ。純粋なエンターテイメントである。

 そう、ミートローフの曲は基本的に、思想的でない。難しいことはいいから、とことん楽しもうぜ!なのである(これはミートローフが、というよりも、作詞作曲のジム・スタインマンの資質なのかもしれないけど)。だから、甘いラブソングならとことん甘く、激しい曲ならとことん激しく、なのである。この辺りも、日本人に軽く見られる原因なのかもしれない。しかし、なにも考えずに、ただ良質のエンターテイメントに身を任せるのも良いものである。




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