2013年9月25日水曜日

ロバート・E・ハワード『影の王国(The Shadow Kingdom)』私訳(2)

 カルの唇のまわりに、むしろ嘲りと言うべき笑みがコッソリと現れた。
「それでは、私は行かねばならぬのか――ひとりで?」文明は彼に、揶揄をもって話すことを教えた。そしてピクト人の暗い目は輝いたが、返事をしなかった。「お前がカ・ヌのところからやって来たなど、どうやって知ることができよう?」
「私が言った」と不機嫌な返事。
「ピクト人が真実を語ったことがあるかね?」カルは嘲笑した。ピクト人が決して嘘をつかぬことはまったく承知していたが、こうやってこの男を怒らせるのだ。
「あなたのたくらみが見えましたぞ、王よ、」ピクト人は受け流した。「あなたは私を怒らせようとしている。ヴァルカにかけて、あなたはそれ以上言う必要はない!私は十分怒っている。私はあなたに一対一の決闘を申し込む。槍でも、剣でも、短剣でも、騎馬でも白兵でも。あなたは王か、それとも男か?」
 カルの目は、戦士が勇敢な敵に与えるべき、不承不承の称賛に輝いた。しかし彼はこの敵対者をさらに苛立たせる機会を逸しなかった。
「王は無名の蛮人の挑戦を受けぬ、」彼は嘲笑した、「それにヴァルシアの皇帝は大使の停戦協定を破りもせぬ。お前は行くがよい。カ・ヌに、私がひとりで来ると伝えるのだ。」
 ピクト人の目が残忍に光った。彼は原始的な血の衝動を必死になって抑え込みながら震えていた;そして、その背中をヴァルシアの皇帝に堂々と晒し、会見の間を横切り、大きな扉の向こうに消えて行った。
 ふたたびカルはオコジョの玉座に深く腰掛け、瞑想した。
 それで、ピクト人評議会の長が彼にひとりで来て欲しがっていると?しかしなんのために?裏切り?カルは残忍に彼の大剣の柄に手を触れた。しかし触れるか触れないかぐらいに。ピクト人たちは、どのような反目の理由にもまして、ヴァルシアとの同盟を重視していた。カルはアトランティス人の戦士で、あらゆるピクト人の宿年の敵かもしれない。しかし、彼はヴァルシアの王、西方の人々にとって、もっとも頼りになる同盟相手でもあるのだ。
 カルは、みずからを太古の敵の同盟相手にし、太古の友人の敵とした出来事の不思議について、長いこと考え込んでいた。彼は立ち上がり、せわしなく広間を横切った。まるで素早く、無音の獅子の歩みのように。友情の鎖、部族や伝統を、彼はみずからの野望を満たすために破ってきた。そして、海と大地の神ヴァルカにかけて、彼はその野望を実現してきた!彼はヴァルシアの王だった――消えゆく、堕落したヴァルシア、ヴァルシアはほとんど過ぎ去った栄光の夢のうちに生きていた。しかしそれでも、偉大なる大地、七帝国の筆頭であった。ヴァルシア――夢の大地、部族の男たちはそう名付け、ときにカルは、みずからが夢のなかに入り込んだのかと思った。彼にとって未知だったのは、宮廷や王宮、軍隊や人々の陰謀であった。すべてが仮面舞踏会のようであった。そこでは男と女が、甘い仮面のしたに、本当の考えを隠していた。とはいえ玉座の奪取は簡単だった――好機をうまくつかむ大胆さ、剣の素早い回転、民がうんざりし、その死を望んでいた暴君の殺害、宮廷でのけ者にされている野心的な政治家たちとの、短く、狡猾な計画――そしてカル、彷徨える放浪者、アトランティス人の追放者は、目のくらむようなその夢の高みに到達したのだ:彼はヴァルシアの君主、諸王の王であった。しかしいま、手に入れることは、それを保つよりもはるかに簡単なことに思われる。あのピクト人の眺めは、彼の心を若き日の付き合いへと引き戻した。自由で、粗野な少年時代の残忍へと。そしていま、茫漠とした不安、非現実の、奇妙な感覚が、最近そうであるように、彼のもとを訪れた。彼は何者なのか?海と山の率直な男が、太古の神秘主義に習熟した、奇妙で恐ろしく賢い民族を支配しているのは?太古の民族――
「私はカルだ!」彼は言った。獅子がそのたてがみを振りかざすように、彼は頭を振り仰いだ。「私はカルだ!」
 彼の鷹が太古の広間を眺めまわしていた。彼の自信は逆流した・・・そして広間の薄暗い隅で、タペストリーが動いた――ほんのわずかに。

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